「消臭完了」を誰が決めるのか — 死臭の数値判定を業界の共通基準に

同じ孤独死の現場でも、A社は「消臭完了」と言い、B社は「まだ臭う」と言う。特殊清掃業界には、消臭が終わったかどうかを決める共通のものさしがありません。
このものさしがないことが、依頼主とのトラブルや価格の不透明さを生み、業界全体の信頼を少しずつ削っています。本記事では、死臭を数値で判定する方法を一つのたたき台として示し、組合として業界共通の基準をつくる提案をします。
なぜ死臭トラブルはなくならないのか
原因は個々の業者の質ではなく、「完了」の判定が作業者の鼻と経験に任されているという構造にあります。鼻は慣れるうえ、体調や人によって感じ方が大きく変わります。現場に長くいた作業者ほど、臭いに気づきにくくなることもあります。
その結果、現場では次のようなことが起きています。
- 臭い戻り:施工直後は換気で気にならなくても、閉め切って数日経つと臭いが戻る
- 追加費用の揉め事:「もう終わったはず」「まだ臭う」で話がかみ合わない
- 価格の不透明さ:何をもって完了とするかが違うので、見積もりを比べようがない
- 安い業者との区別がつかない:オゾンを置いて帰るだけの施工も、建材まで撤去する丁寧な施工も、同じ「消臭」として並んでしまう
きちんと仕事をしている業者ほど、その差を説明する手段がなく、価格競争に巻き込まれています。価格だけで比べられないための見積・提案の工夫は、「技術力が伝わる特殊清掃の見積・提案の作り方」で解説しています。
依頼主が本当に求めているもの
管理会社・オーナー・相続人が欲しいのは、「本当に取れたのか」に対する、第三者にも説明できる答えです。
特に賃貸物件では、消臭の結果が原状回復の工程や次の入居募集に直結します。管理会社の担当者は、自分が現場に行けなくてもオーナーに報告しなければなりません。そのとき「業者が大丈夫と言っています」では弱いのです。
つまり我々に求められているのは、「臭いを消す技術」だけでなく、「消えたことを証明する方法」です。
解決策:臭いを数値で測る
ハンディ型のニオイ測定器を使えば、施工の前と後で臭いの強さを同じものさしで比べられます。一般的な測定器では、死臭の主な原因である硫化水素・メチルメルカプタン・アンモニアなどを含む、ニオイ全体の強さが数値で表示されます(死臭の判定に向いた機種の特性は、後述の「他の臭気測定器とOMX-ADMの違い」で説明します)。
ただし、同業者の皆さんには、測定器で「わかること」と「わからないこと」を正しく知っておいていただきたいと思います。ここを大げさに言うと、かえって業界の信頼を落とします。
| わかること | わからないこと |
|---|---|
| 同じ機種・同じ条件で測ったときの、施工前後の臭いの強さの変化 | 臭いの物質ごとの濃度(ppmなど) |
| 部屋の中で臭いが強い場所と弱い場所 | 悪臭防止法でいう「臭気指数」(人の嗅覚による測定) |
| 作業者の鼻の慣れや体調に左右されない記録 | 別の機種で測った数値との直接の比較 |
大事なのは、数値を「絶対的な濃度」としてではなく、「同じ条件で比べるためのものさし」として使うことです。だからこそ、機種と測り方をそろえることが基準づくりの出発点になります。
実践例:ゼロメトリー法
マインドカンパニーでは、「すべての測定地点で測定値が0」を消臭完了とする「ゼロメトリー法」を運用しています。一社の例ですが、業界基準を考えるたたき台として手順をそのまま公開します。
- 機器:神栄テクノロジー社製ニオイ測定器「OMX-ADM」。全現場で同じ機種を使い、メーカー推奨に従い年1回点検・校正する
- 測定地点:発生源(ご遺体があった場所)の近くと、各部屋の中央
- 判定:全地点で「0」なら完了。1か所でも「0」を超えたら追加施工して測り直す
手順は次のとおりです。
- 事前測定:施工前に各地点で測り、数値と機器の画面を写真で記録する
- 消臭施工:汚染物の撤去、洗浄、消臭。建材に染み込んだ部分は撤去も含む
- 静置:窓と扉を閉め切って 2時間置く
- 完了測定:事前測定と同じ地点・同じ条件で測る
- 判定と報告:全地点「0」で完了。施工前後の数値を「消臭施工完了報告書」にまとめて依頼主に渡す
1か所でも「0」を超えたら②に戻り、全地点が「0」になって初めて完了とします。
ポイントは「静置2時間」です。施工直後は換気で一時的に数値が下がるため、そのまま測ると「見かけの0」になります。閉め切って置くことで、臭い戻りに近い状態を再現してから判定しています。
実際の現場では、施工前206だった数値が、施工後に0まで下がることを確認しています。
他の臭気測定器とOMX-ADMの違い
OMX-ADMの特長は、生活臭などほかの臭いが残っていても、死臭が消えたかどうかを数値で判断しやすいことです。
- OMX-ADMは、死臭の主な原因である硫化水素・メチルメルカプタン・アンモニアなどの腐敗臭に高い感度を持っています。マインドカンパニーの現場での実測では、生活臭などが残る室内でも、死臭が除去されると数値は「0」になりました。
- 一般的な臭気測定器は、さまざまな臭気物質をまとめて測定します。そのため生活臭や建材の臭いにも反応し、死臭が取れても数値が0になりにくい傾向があります。
このため、「死臭が消えたかどうか」という一点を、依頼主にもわかりやすい形で示せます。
詳細は マインドカンパニー「死臭の消臭|数値基準を公開」 をご覧ください。
自社で導入するには
測定器は約13万円と、大きな設備投資がなくても数値判定は始められます。必要なのは次の4つです。
| 準備するもの | 内容 |
|---|---|
| 測定器 | 業界で数値を比べられるよう、同じ機種を推奨。本体は約13万円で、年1回の点検・校正を前提にする |
| 測定のルール | 測定地点、静置時間、判定のしかたを社内で文書にしておく |
| 記録のしかた | 測定値と機器画面の写真を、日時・地点と一緒に残す |
| 報告書の雛形 | 施工前後の数値を1枚にまとめ、管理会社がそのままオーナーに渡せる形にする(見本あり) |
まずは、毎回の現場で「施工前」と「施工後」の2回測ることから始めてください。それだけでも、依頼主への説明の説得力は大きく変わります。
消臭施工完了報告書の見本
依頼主に渡す報告書の見本です。マインドカンパニーで実際に使っている書式で、事前・完了の測定値、測定の条件、保証の対象外とした箇所を1枚にまとめています。


書式はWord形式でダウンロードできます。社名・連絡先・測定機器の欄を自社に合わせて書き換えてお使いください。
マインドカンパニーでは、この完了報告書を無料でお渡しし、機器の画面写真や施工写真を含む「詳細報告書」はご希望に応じて有料で作成しています。数値を書面で残すことが基本で、写真は必要な方に追加で提供する、という分け方です。
契約書の雛形は「特殊清掃作業請負契約書」で公開しています。
限界と注意点
数値判定は万能ではありません。導入する前に、次の3点を押さえておいてください。
1. 死臭以外の臭いは別の問題
死臭が強い現場では、生活臭・カビ臭・排水臭が隠れていることがあります。死臭を取り除いて初めて気づかれるため、「まだ臭う」というトラブルの元になります。臭いの種類で薬剤も施工方法も違うので、対象外であることを見積もりの時点で説明しておくことが大切です。
2. 「保証」という言葉の使い方
広告で「保証」「完全除去」と書く場合は、何をどう保証するのか(対象の臭い、判定方法、対象外)を必ず併記してください。根拠のない強い表現は、景品表示法の観点からも問題になりえます。
3. 測り方がそろわないと数値は比べられない
機種、測定地点、静置時間、校正の有無が違えば、同じ「0」でも意味が変わります。各社がバラバラに数値を出し始めれば、それは新しい「基準のない状態」を生むだけです。だからこそ、業界で共通の測り方を決める必要があります。
加盟社の皆さまへ
基準は、上から与えるものではなく、現場を知る私たち自身でつくるものだと考えています。ぜひ次の形でご参加ください。
- ご意見・反論:本記事の手順や判定基準に対するご意見をお問合せフォームからお寄せください
- 測定データの共有:施工前後の測定値を集めることで、基準を現場の実態に合わせられます
- 勉強会への参加:測定器の使い方や報告書の作り方を、実機を使って共有する場を設ける予定です(セミナー・講演講師のご依頼も承っています)
「鼻」から「数値」へ。消臭の品質を説明できる業界になれば、きちんと仕事をする会社が正当に評価されます。一緒にこの業界の信頼をつくっていきましょう。
組合への加盟をご検討中の事業者の方は、「入会案内」と「入会基準について」もあわせてご覧ください。
よくある質問(同業者向け)
遺品整理総合相談窓口協同組合 理事 鷹田 了
(マインドカンパニー合同会社 代表社員、IICRC認定 TCST・FSRT)
